2026.09.01
廃棄フィルターを戦略的な「グリーン資産」へ――YESIANG、AIで半導体フィルターの循環経済を革新
半導体クリーンルームは、極めて厳格な汚染管理が求められる製造環境である。目に見えない空気中の分子状汚染物質(AMC:Airborne Molecular Contamination)は、わずかな濃度であっても製造プロセスに不具合を引き起こす可能性がある。
ケミカルフィルターは、半導体の歩留まりを守る「見えない守護者」ともいえる存在だ。しかし、従来の「使用後は廃棄する」という使い捨て型の考え方は、重要な消耗品を半導体工場にとって大きなカーボンフットプリントの要因にしてきた。
こうした状況を変革しているのが、YESIANG(鈺祥企業)である。
台湾・台南市柳営区に位置する2つのケミカルフィルター再生センターでは、AIと産業用IoT(IIoT)を融合したスマート再生製造システムを導入。従来は廃棄されていた使用済みフィルターを、半導体産業にとって戦略的価値を持つ「グリーン資産」へと転換している。
この革新的な取り組みにより、YESIANGは半導体サプライチェーンに欠かせないサステナビリティパートナーとしての地位を確立しつつある。

YESIANGが台南市柳営区に設置した2つのケミカルフィルター再生センター。AIと産業用IoTを活用したスマート再生製造システムにより、従来のフィルター再生のあり方を大きく変革している。
先端半導体プロセスを支える見えない防御線――歩留まり向上の重要な鍵
半導体製造プロセスの微細化が進む中、高い歩留まりを実現するための重要な要素は、クリーンルーム内を流れる目に見えない空気の中に存在している。
微量汚染物質を除去するケミカルフィルターは、先端半導体製造において欠かすことのできない重要な防御線である。
YESIANGの再生製造部マネージャー、黄彦凱は、半導体工場にとって最も警戒すべきものの一つが「AMC」であると指摘する。
AMCとは、肉眼では確認できない酸性ガス、アルカリ性ガス、有機ガスなどの分子状汚染物質を指す。これらを適切に制御できなければ、半導体の歩留まり低下を招くだけでなく、製造プロセスの安全性にも影響を及ぼす可能性がある。
そのため、ケミカルフィルターは単にクリーンルームの清浄度を維持するための設備ではなく、半導体製造ラインにおける目に見えない汚染との戦いを支える中核技術となっている。

YESIANG 再生製造部マネージャー 黄彦凱
しかし、ケミカルフィルターは長年にわたり使い捨て型の消耗品として扱われてきた。その結果、高い運用コストと大量のCO₂排出が発生し、企業の脱炭素化を進める上での課題となっていた。
さらに、新品フィルターの供給に過度に依存することは、サプライチェーンの強靭性という観点からもリスクを伴う。
世界的な原材料不足や物流の混乱が発生した場合、消耗品の供給停止が半導体工場の生産計画に直接影響を及ぼす可能性がある。
歩留まりの維持、ESG目標の達成、そしてサプライチェーンの安定性という3つの課題に直面する中、使用済みフィルターを製造プロセスの強靭性を高める戦略的資産へと転換することが、半導体産業にとって重要なテーマとなっている。
海外メーカー主導の市場構造に挑戦――台湾発の循環型サプライチェーン戦略
こうした市場環境の中、YESIANGは台湾企業として初めて再生型ケミカルフィルターの大規模事業化に取り組み、従来、海外メーカーが主導してきた市場構造に変革をもたらしている。
台湾国内での製造・再生体制を構築することで、地政学的な不確実性が高まる環境においても、台湾半導体産業のサプライチェーンの強靭性向上に貢献している。
「私たちが目指しているのは、フィルターを単なる消耗品から、半導体サプライチェーンにおいて繰り返し利用でき、履歴を追跡でき、性能を検証できる重要な資源へと変えることです」 黄彦凱は、再生センターの事業理念についてこのように説明する。
YESIANGの再生センターは、単なる資源回収施設ではない。半導体サプライチェーンにおける重要な循環型製造拠点として位置付けられている。
同社独自の加熱再生技術と厳格な性能検証を組み合わせることで、使用済みフィルターの機能を回復させ、再びクリーンルームの清浄度維持に活用できるようにしている。
この製造プロセスの革新は、YESIANGの技術力を示すだけでなく、具体的な資源循環効果も生み出している。
現在、再生型フィルターは10回の繰り返し使用が可能となっており、廃棄物の発生量を90%以上削減することで、環境負荷の大幅な低減を実現している。
今後、YESIANGは再生技術の半導体産業への導入をさらに拡大し、新たな事業成長の原動力としていく方針である。
さらに、長期的な資源価値の最大化を目指し、再生型フィルターに「第二の寿命」を与える構想も進めている。
具体的には、先端半導体プロセスでは交換時期を迎えたものの、依然として十分な性能を有するフィルターを、清浄度要求が比較的低い従来型産業へ再供給する取り組みである。
これにより、資源利用効率の最大化を図り、グリーンサプライチェーンを支える重要な基盤としての役割を強化していく。
消耗品から、循環利用・追跡・検証が可能な戦略的資源へ
半導体メーカーは製造プロセスの品質に対して極めて厳格な基準を設けている。
そのため、再生型フィルターの受入基準は、外観が清潔であることだけでは満たされない。性能が使用可能な水準まで十分に回復し、出荷品質が保証され、製造・再生履歴を追跡できることが求められる。
こうした要求に対応するため、YESIANGは厳格に標準化された再生製造プロセスを構築している。
すべての工程において記録、基準、検証を徹底し、安定した品質を確保している。
フィルターが再生センターに搬入されると、まず回収品の受入検査と分類が行われる。
顧客の使用環境、フィルターの種類、汚染物質の特性に応じて選別し、リスクの高い製品が再生工程に混入することを防止する。 続いて、再生前検査を実施する。
圧力損失、構造状態、吸着容量などの性能を測定し、再生前の基準データを確立する。これらのデータは、その後の製造条件の選定や再生効果の比較評価に活用される。
加熱再生工程では、温度、保持時間、気流条件などをシステムによって厳密に監視する。
従来の作業者の経験に依存した管理から、標準化されたデータに基づく工程管理へと移行することで、再生品質の安定性を確保している。
さらに、AIを活用して検査データと設備の運転パラメータを統合・分析し、汚染物質の変動や設備異常の要因を解析することで、品質変動の傾向を正確に把握する。
最終工程では、すべての再生型フィルターに対して厳格な出荷検査を実施する。
圧力損失、外観、構造、主要性能が出荷基準を満たしていることを確認するとともに、検査記録と再生履歴を保存し、製品品質の透明性とトレーサビリティを確保している。
「半導体メーカーが最も重視するのは、歩留まりと製造プロセスの安定性です。私たちが取り組むフィルター再生は、単なる環境保護活動ではありません。半導体レベルの品質管理の考え方を循環経済に適用することなのです」 黄彦凱はこのように強調する。
YESIANGはデータに基づく品質管理体制を通じて、従来は廃棄物と見なされていた消耗品を、低炭素価値を持つ重要な資産へと転換し、大手半導体メーカーからの信頼を獲得している。
熟練技術者の経験をデータへ――AIが再生センターの精密管理を実現
フィルター再生における最大の課題は、回収されるフィルターごとに使用履歴や汚染状況が異なることである。
汚染物質の種類や使用環境に違いがあるため、すべての再生工程に同一の条件を適用することはできず、作業者の経験だけに依存することも難しい。
特に、生産能力の拡大や製品仕様の多様化が進む中では、熟練技術者の経験を中心とした従来型の管理方法だけでは、品質の一貫性を維持することが困難になる。
この課題に対応するため、YESIANGはAIとデータガバナンスを経営戦略の中核に位置付けている。
製造現場で蓄積された経験をデータ化し、品質に影響する重要因子を正確に把握することで、従来の人手による巡回点検や事後対応から、リアルタイム監視、早期警告、データに基づく意思決定へと管理体制を転換している。 黄彦凱は次のように説明する。
「AIの価値は、人の仕事を置き換えることではありません。熟練技術者が長年培ってきた経験を、再現可能なデータロジックへと変換することにあります。それによって製造プロセスの安定性を高め、意思決定の迅速化を実現できるのです」
YESIANGは、産業用IoT(IIoT)を活用して設備および製造プロセスのデータ基盤を構築している。
設備の運転パラメータ、検査データ、異常履歴、作業者の操作記録をリアルタイムで統合し、IoTによる監視システムと組み合わせることで、生産ラインの進捗状況や稼働状態を可視化している。 これにより、管理の重点を「問題発生後の原因究明」から「問題発生前の予防」へと段階的に移行させている。
設備保全の分野では、AIモデルを用いて設備の稼働データを分析し、リスクの早期警告モデルを構築している。
従来の定期保全から、設備の状態や故障リスクを予測する「予知保全(Predictive Maintenance)」へと進化させることで、予期せぬ設備停止のリスクを効果的に低減している。
また、データに基づく生産スケジューリングと生産能力管理により、設備の稼働配分や製造フローの最適化を推進している。
さらに、エネルギー消費データと環境センサーの情報を統合し、省エネルギー対策が必要な工程を特定するとともに、高温作業に伴う安全リスクの予防にも取り組んでいる。 AI導入の成果について、黄彦凱は次のように総括する。
「スマート製造の最大の価値は、問題を発見するだけでなく、問題を予測し、未然に防ぐことができるようになる点です」 こうした包括的なスマート化により、YESIANGの再生センターは、予測と予防の能力を備えたスマートファクトリーへと進化している。
企業内ナレッジベースを構築――技術継承と情報共有の課題を解決

YESIANG 再生製造部マネージャー 黄彦凱
フィルター再生製造は、長年にわたる技術とノウハウの蓄積に大きく依存する分野である。 しかし、重要な知識が熟練技術者個人の経験のみに蓄積されている場合、企業にとって大きなリスクとなる。
人員の異動や生産能力の拡大が進む中、特定の担当者に依存した技術継承では、知識やノウハウの断絶が発生する可能性がある。 こうした課題を解決するため、YESIANGはRAG(Retrieval-Augmented Generation:検索拡張生成)技術を活用したスマートファクトリー向けナレッジベースを構築した。
標準作業手順書(SOP)、設備マニュアル、品質保証基準、過去の異常事例などを体系的に整理・構造化し、従来は口頭で伝承されてきた熟練技術者の知識を、企業全体で活用できるデジタル資産へと転換している。 これにより、新入社員の教育・習熟に必要な時間を大幅に短縮できるだけでなく、技術チームが過去の対応履歴から適切な対処方法を導き出し、同様の問題の再発防止に役立てることが可能となった。
部門間の連携においても、RAGナレッジベースは情報格差を解消する重要な役割を果たしている。
営業、カスタマーサービス、研究開発、品質保証、製造など、各部門が顧客の要求に対応する際、共通の技術情報や過去の対応記録を参照できるため、正確かつ迅速な顧客対応が可能となる。 黄彦凱は次のように強調する。 「私たちは、個人の経験を会社全体の能力へと変えたいと考えています。一度解決した問題を、次に同じ問題を起こさないための知識として蓄積することが重要です」 このような知識の継続的な蓄積により、YESIANGはPDCA(Plan・Do・Check・Act)サイクルを確立している。
AIを活用して経営・管理部門が改善すべき課題を的確に把握し、継続的な改善活動につなげることで、競合他社が容易に模倣できない独自の競争優位性を構築している。
サプライチェーンの強靭性を高め、低炭素製造の持続可能なエコシステムを構築
大手半導体メーカーによる脱炭素化への要求が一段と厳しくなる中、YESIANGは再生センターの役割を、従来のフィルター再生サービスから、スマート製造と持続可能なサプライチェーンを統合した総合サービスへと発展させようとしている。 その中核となるのが、トレーサビリティ、検証可能性、継続的改善を備えたスマート製造システムである。
循環経済を単なる理念にとどめず、半導体産業が実際に導入でき、信頼できる製造サービスとして確立することを目指している。 このシステムは、フィルターの使用、回収、再生、性能検証、出荷、履歴追跡までを一貫して管理するクローズドループ型の仕組みである。
半導体メーカーのESG目標達成を支援するだけでなく、地域内での製造・再生を中心とした短距離サプライチェーンを構築することで、供給体制の柔軟性と強靭性を高めている。 さらに、フィルターのライフサイクル情報とCO₂排出データを一元的に管理することで、サステナビリティへの取り組みの成果を、定量的に評価可能な経営データへと転換している。 黄彦凱は、このグリーンサプライチェーン改革の本質について、次のように語る。 「循環経済を半導体産業に普及させるために重要なのは、スローガンではありません。品質、データ、そして検証可能な製造能力を備えていることです」
長年にわたって蓄積してきた高度な技術力と厳格なデータガバナンスを強みに、YESIANGは環境負荷の低い製造プロセスを先端半導体サプライチェーンに組み込む取り組みを推進している。 AI、スマート製造、フィルター再生技術を融合することで、資源循環と製造品質を両立し、世界の半導体産業における低炭素製造を支える戦略的パートナーとしての地位を確立している。